天長節というめでたき日柄に、我々を未知の世界へと誘う飲み会が開かれる事を、一体誰が想像していたと言うのだろうか。上は僕等が1年生だった頃の4年生で、下は僕らが3年生の頃の1年生である。そりゃ平成2年あたりに皆は同じく小学生だったと言えばそれまでなのだろうけれど、上も下も個性が強くって色合いがずいぶんと変遷したものだから、不安と言えば思いっきり不安。
と、悩んでても仕方が無い。なにしろ残り一週間を切った訳だし、ここまで空前絶後の大集合が成功したらしたらで感動なのも楽しみなのだから。
さて、まずはパシフィックWEB化計画の「一つ提案する。」から...
そこで一つ提案があるんだが、これだけ出席率を誇る集いは記憶を遡る限りなかなか無いだろう。こんなチャンスを今年だけで終わらせてしまうのは非常に残念だと思うので、毎年11月3日文化の日をFizzの集いとして恒例行事とする案はいかがだろうか?
日程や場所などがある程度決まっているのならば、あらかじめ予定にも組み込みやすいだろうし、年に1度は皆の顔をみて生の声をききたいじゃないか。
このGandhara様が反対する理由が何処にあるのだろうか、むしろ積極的に応援したい位だ。やっぱり遥か遠い北関東の居住しているとね、中々気軽に大学の方に足を運ぶ事も無い訳ですよ。卒業してから僅か半年あまりで6回か...む、6回?
うん...
まぁ、そういう事だけど。やっぱり足を伸ばす動機が欲しい訳なのですよ。どうせ会うなら誰か一人じゃなくて、皆に会いたいって思うのが普通じゃん?
一応こちらの働いているには働いている訳だし、早め早めに日程が決まるのならば、予定を調整するのも割りと簡単ですね。
次に『豆腐屋』の≪拾≫ 恒例行事 〜絆を守るために〜から...
単純に考えれば、ただ日取りを決めて、それに応じて皆の都合を合わせていけば良いのではということになる。しかし、それでは今までのイベントと何ら変わりがない。何か、もう一押し足らないのである。何か、それだと廃れていきそうな気がして止まないのである。FIZZの盛衰を目の当たりにしてきた僕から言わせてもらうと、それがまず頭に浮かんだ。
「サークル」という媒体があったからこそ、その深い絆は存在してこれた。しかし、長い歳月が経てば、その媒体から離れてしまえば、どうだろうか。人の感情や価値観とはいい加減なモノである。僕も今まで多くの友人たちを作ってきたつもりだが、その大半は過去の人間へとなってしまった。遠い、遠い、存在へとなってしまった・・・。時の流れがもたらした作用だとしても、今思うとあまりにも切な過ぎた。
話しは戻るが、今回の恒例行事化はただ単に一年に一回、旧友と酒が飲みたい、色々な話しを交わしたいというわけではない。もちろん、それも大切なことだが、本旨はあくまでも今まで築いてきた「サークル=絆」を守り続けること。今まで築いてきた「サークル=絆」を温め続けることにある。恒例行事とはそれを成すための、いち手段に過ぎない。絆の確認、再会の喜びを果たすことが、僕は限りなく本旨に近いと考える。
確かにありきたりの飲みが続くのならば、いずれはマンネリ化してしまい廃れるのは目に見えている。まぁサークルの場合は行事そのものはマンネリといってもいい程、毎年同じような事を繰り返していたのかもしれないが、それでも新入生という出会いと卒業生という別れが、段々と重苦しくなっていく空気を大きく入れ替えていたと思う。
しかし、この初期の提案のままだとメンバーの減はあっても増はありえない訳だ。また、単なる飲み会ならば職場とかでも普通にある日常でしかない。せっかく何でもアリを共にしてきた仲、社会人を続けていくなかで忘れてしまいそうなココロを取り戻すような、そんな事ができたならばいかに素晴らしいことだろう。
トムさんの語る絆に対する思い、それは非常に大切な事である。やはり生活が激変する中で、人の持つ価値観という物は大きく変わってしまうのは言うまでも無い。ことに友達という存在の変貌は凄まじく、10年来の付き合いって物は中々無いはずだ。このまま友情というものを、再び消費するのはいかがなものだろうか...
せっかくの縁、このまま終わりにしてしまうのは愚かな事だ。この4年間で得たこと、感じたことは誰も非常に大きいと思う。これをただ想い出話にふけっている程、僕等のアツイ日々は過去の物とは思いたくも無い。まだまだこれから築いていけるはず。
事は急いでも仕方あるまい。今はパシフィックWEBも未完の時でもあるし、試験的な要素もあったが夏の終わりにイルカハウスへの旅を敢行してきた余裕もある。まだまだ学生生活が残っている代もあるだろうし、これから卒業旅行という大一番が控えている代もある。まずは目の前の課題をクリアする事を優先すべきだと思う、そこまで絆は失われていないのだから。
でも、準備は早めにしといた方がいい、何しろ人生は一度きりなのだから。そのためにも、今度の文化の日にて、かのような様々なプランの存在の認知度を高める必要がある訳だ。その仕事は、参加を表明した僕の任になってしまうのか。これは責任重大な事で何よりだ...
一度にできる事、それは一人の力では限界がある。その限界を突破する力の源が絆であるのは、この大学生活にて何度も経験した思い出。今はちょっとずつ、少しずつ進むしかないね。絆の灯火を絶やさないように!
今必要なのは、文化の日の行事を恒例化する事ではないか?