2006年01月03日

【日記】 ししゃも飲み(仮)

せっかく関西からの帰郷、久しぶりの再開だったのにも関わらず、昨年末の新大久保〜アキバツアーではじっくりと話すことも出来なかった。恐るべき逆転氏事件をkwsk聞かなければ気も済まないし、他にもこちらから話さなければいけない事も沢山ある。そうなると大人数で集まっては本末転倒だし、何よりもそこまで企画する余裕も残されては居なかった。
別に言い訳するつもりでもないがそれが現実、そうお金も時間も絶対的に足りなのだ。そんな訳で大宮は埼玉の都心で飲む事に。行き当たりばったりで適当に入ったおでん屋、旨い日本酒も沢山合ったので直観力は少しはマトモに戻ってきたか...?


逆転氏事件、イメージ論についての話に耳を傾ける。やはりblogなどを通して伝わることなどは想像以上に少ない事が身に染みて解る酒の席、この久保田はそれ以上に体に染み渡る酔い
所詮は書き言葉、読む側のイマジネーションに左右されるだけに情報量を制限してしまったのはかえって失敗なのかもしれないが、いつ・どこで・誰が読んでいるのかが解らない、それに耐えるだけの覚悟も無ければどうにもならないだろう。
それでも希望があるのは確かだ、何故ならば直接話し合う事で解決されるのだから。目の動き、その声のトーンで何を言わんとしているのかは、このネットを通じるよりは遥かに多い情報が溢れている。些細な言葉の違いによる誤解も、それに対する遺恨も何も無い。直接会い、杯を交わし、そして想いをぶつけ合う。それが友達ってものなんだ...


秋ごろに掛けての一連の騒動は終幕を下ろした。平安の時を迎えたといえばそうなのかもしれないが、だからと言って何も解決した訳ではない。少なくとも人としての感情がいくつか、「死んだ」が正確な言葉になる位、大切なものを失ってしまったと思う。そんな乾いた世界を潤す酒に酔い、そして世界は再び思い出と言う物を鮮明にさせる。今という瞬間を楽しんでいる反面、過去を失った悲しみはより深くなっていくばかりだ。
何故、このような時を再び迎えたかったのか、そしてそれを望まなかったのか。その間にある境界線はあまりにも太く、斜め上の想像でなければ先を予想する事もできまい。一ついえる事は、時代は既に終わった。全てにおいて永続性がある訳でなく、崩れ去る瞬間はあまりにも早く脆い。それを覚悟する必要があるが、僕はそんな覚悟なんか二度としたくない...


夢の世界は儚く消え、ししゃもも関西へ戻る事になる。だけど今日という時は間違いなく蓄積され、また現実を生きる糧になるだろう。これだけは絶対に失いたくない、大切なとも...
posted by Gandhara at 23:28 | コメント(0) | トラックバック(0) | サークル
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