2006年02月09日

【煙草】 喫煙という生き方

ここ最近に知り合った人はご存知ないかも知れないが、僕はかつて煙草を吸っていた。何が悲しいかな、貧困がそんな小さな快楽をも許さなくなってしまったのだが、こうも久々にblogへ向き合って記事をUPした後のひと時に、暑いコーヒーの傍らに何かポカーンと空いた隙間を感じさせられる。

正直な話、煙草なんか吸わなくても生きていける。少なくとも昨年の春からはそう思い、生き長らえて来た。こんな世の中、喫煙者にとって居場所はますます奪われるばかりか、肝心の煙草のパッケージさせも見るに耐えない警告文に汚染されている。煙草を吸うことそのものが馬鹿馬鹿しくなってしまったのに...

何故だッ!


理由なんか探すだけ無駄なのかも知れない。そもそも無駄な事にいらぬ労力をつぎ込むのが人間であり、それこそが人生そのものである。果たして煙草のない僕の人生は、昨年の今頃の僕に考えられたものであろうか、そしてそれは誇れるものなのだろうか。喫煙という生き方は、時代に取り残される可能性のほうが遥かに大きいが、それでもなお前を向き続けることが、なにもかも正しいとは決して僕は思わない。

もしも惰性で吸うのならば戻りたくは無いものの、喫煙によって生きることが鮮やかになるのならば、また吸ってみたい気持ちで一杯である。たかが煙草、されど煙草、こんな小さな箱につまった棒のようなものにここまで人が考える世の中は、なんともまぁ寒いものだ。
posted by Gandhara at 00:08 | コメント(0) | トラックバック(0) | 愛の日記
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